医事紛争の解決に関する日本の司法制度や社会は間違っています。皆様は「萎縮医療」という言葉をご存知ですか? これは患者さまからのクレームや医事訴訟を過度に恐れた医療従事者が,少しでもリスクが伴う処置や治療することを避けて医療にあたることを意味します。医療は使い方によっては毒になる薬物を投与したり,治療のために手術という「外傷」を負わることなどにより,病気や怪我を改善する医師を含めた医療従事者という人間による行為です。これを安全に施行するために我々は6年間医学部に通い,医師になった後も勉強と修練を, 医業をやめるまで続けます。しかし,医療行為にはある一定の確率で合併症や医療ミスによる患者さまへの不利益が生じる危険があります。
この世に絶対確実などというものがないように,人間の行動にはどんなに注意深く施行しても必ずミスが生じる可能性があるからです。あるいは医療側のミスでなくとも,患者さまの中には予期せぬ反応を示したり,特異体質や隠れた合併症のため,予想外の異常事態が生じることもあります。また元来毒薬である抗がん剤はある一定の頻度で強い副作用を生じます。その中でも重大なものは,使用する前に患者さまに説明されます。しかし医師からの説明を全て覚えることのできる患者さまはほとんどいませんし,副作用にはまれに生ずるものを含めると無数にあるので,全て述べることは不可能です。また,説明により,かえって患者さまの不安感をあおってしまったり,戸惑わせることもあります。その上,医師が忙しすぎて詳細な説明する時間がないということもあります。医師,看護師,事務を含めた,ほとんど全ての日本の医療従事者は過重労働ですから,そういったことが起こる可能性もあり得ます。抗がん剤の有効性を調べる臨床試験では,通常ゼロから数パーセントくらいまでの患者さまが治療の副作用で亡くなっています。しかしそれでも治療により改善する患者さまの方が遥かに多いので,治療薬として承認されるのです。人生における困難や予期せぬ不幸はいつ何時生ずるかわかりません。全ての人間はそうならないように注意深く生活しているでしょう。しかし不運なことはいつ起きても不思議ではありません。我々にできることは,よい目的のために一生懸命努力することではないでしょうか。萎縮医療が行われると医療レベルの低下を招きます。リスクがあるけれども,努力して治そうとする医師と患者さまがチャンスを失うからです。私たちはリスクを理解しつつ,危険を伴う可能性のある医療行為を日々行うことにより,患者さまの病気を良くしようと頑張っています。リスクを過度に恐れていては健全な医療は不可能です。それを不必要に恐れさせるような社会制度と風土を作っているのが政府,司法制度,マスコミとそれらに影響された国民です。
近年,医療事故で医療従事者が業務上過失致死などの刑事責任で起訴されてしまったり,実際に有罪の判決が下されるケースが増加しつつあることはご存じだと思います。また,そこまではいかないまでも,書類送検はしょっちゅうです。有罪になると行政処置で医師免許停止や剥奪,有罪にならなくてもその職場で働き続けることが難しくなり退職に追い込まれ,犯罪者というレッテルが貼られてしまいます。わざと悪い結果をもたらすために医療行為を行う医師は普通いませんが,上記のように医療行為にはリスクが伴うものですから時には悪い影響をもたらします。悪い結果が出た時,どこに問題があったか正確に調査し,責任の所在を明らかにします。不可抗力ではなく,医師に明らかに過失があったときは,損害賠償が患者さまに支払われるのは当然だと思います。しかし,医師が犯罪者に仕立て上げられるのだけは断固許してはなりません。犯罪とは悪いことを悪いと承知で行う行為です。良い医療を目的に施行してたまたま生じてしまった悪い結果に刑法が適応される日本の司法制度は異常です。 アメリカでは,医師が犯罪者として刑事裁判にかけられたのは近代では2回だけです。一つは安楽死を職業としているジャック=キボーキアン博士(昨年刑務所から出所してきました)とハリケーンカトリーナで生じた大惨事のときに,善意でそこに駆けつけたアナ=パウという頭頸部外科が専門の女医さんです。病院が機能しなくなったため必要な治療が受けられず,なす術なく苦しむ患者に,緩和のための麻薬と鎮静剤を注射し,死亡させたとして殺人事件で起訴されそうになりました。安楽死は現代のアメリカ医療でも異常行為で有罪判決をうけた前者のキボーキアン博士は当然だと思いますが,後者の場合は非常事態であり,それが彼女に出来る最善の医療行為であったならやむを得なかったと医療従事者には感じられるところもあります。全米で大ニュースになったこのケースではSupportDrPou.comというパウ医師救済のサイトが立ち上げられ,様々な反響を呼びました。同僚は彼女が常に患者を第一に考えるすばらしい医師であると訴え,大学教授らは彼女の行為は英雄的であるとも述べました。医療従事者を含む数百人がルイジアナ公園のデモに参加しました。そして逮捕を指示したルイジアナ州司法長官の意に反し,逮捕12ヶ月後に大陪審は起訴を棄却しました。良識ある市民からサポートを受けたパウ医師は 刑事訴追を免れました。
アメリカではあらゆる医療ミス,予期せぬ重大な合併症は民事訴訟の対象にはなりますが,善意で施行された医療行為については医師が刑事事件で裁かれることはありません。つまりアメリカではきっちりまじめに仕事をしていれば医業停止に追い込まれたり,刑務所に入れられたりすることはなく,安心して医療行為が出来ます。そのためリスクはあるけれど有効な治療を思う存分施行することが可能なため,医療のレベルが高いのです。余談ですが訴訟社会のアメリカでは民事裁判はその反面日本の何倍もありほとんどの医師は強制的に保険に加入させられ ています。保険の掛け金は驚くなかれ,私がいたイリノイ州シカゴの内科医は年間$40,000(日本円で約450万円で,これは掛け捨てです), 産婦人科や脳神経外科など訴えられるリスクの高い科の医師は年間$200,000(2,300万円これも掛け捨てです)。あまりに高額なため,訴訟の少ない州に移住したりして,イリノイ州では産婦人科と脳外科医の不足に困っています。
紛争が起きた場合,残念ながら日本ではどこに責任があるのか正しく鑑定が出来る医師はそう多くいません。また欧米の医事紛争の実情を理解している人もあまりいません。その上裁判官,検察官,弁護士などで構成される法曹界では,医事訴訟をどのように扱ったらいいのか分かっていないのも現状です。そのためどのような判決が下されるか予想がつきにくく,リスクの高いハイレベルな医療行為を毎日行う医師は不安です。まじめな医師が不必要な不安を抱くことなく,レベルの高い医療行為を施行できるような社会にすべきです。萎縮医療が広まると医療レベルの低下を招き,結局は日本の国民(=患者さま)が不利益を被ります。
訴訟のリスクが高く医師不足で激務の産婦人科・小児科の医師は近年になり減少しました。政府は今後さらに不必要に医師や看護師,その他医療従事者への処罰を強化させるような制度(厚労省第二次試案)を作っています。この制度は役人,専門家,医療従事者,法律家などからなる委員会で作成されつつありますが,このような制度ができれば我々が少しでもリスクのある診断,治療行為や合併症の危険の高い,具合の悪い患者さまを診ることを避けるようになり,そのような患者さまは行き場を失うでしょう。どうしてこのようなことが分からないのでしょうか?アメリカでは医師や看護師という人間の「出来ることと,出来ないこと(限界)」が冷静に吟味され,不可抗力的に生じたことに犯罪者としての法的な責任は発生しないということが常識として理解されています。日本の社会はこれに比べると非常識極まりありません。 |