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スポットライト
第7回  〜日本の医療が抱える問題点A〜

数ヶ月前にNHKでコムスンが破綻したため実際にサービスを受けていた方々や家庭,そしてサービスを提供していた子会社たちが抱える問題をクローズアップする番組を放映していました。サービスを提供する会社は国から支払われる金額が少ないので提供可能なサービスが限られている,そのためより多くの要介護者を回らなければならないという悪循環。さらに雇える人数が少ないため仕事がきつい上に低賃金で,介護士自身が病気になってしまいそうな様子が映し出されていました。
このような状態のため社員の定着率が悪く,1年後には約半数が退職するという統計が出ていました。国はそれでも支出を削減するため,提供しているサービスを細かく査定し,食事を作るなどの介護を介護として認めないなどの規則を作りました。そのためさらに提供できるサービスが減少しており,あれでは何のための介護保険なのかと疑いたくなる場面もありました。
そしてそれらの人々を家に抱えるご家族の苦労も映し出されていました。90歳の父を介護する60歳の離婚男性は,忙しい仕事の合間をぬって介護をしていました。もし奥様がいたとしても今度はその奥様が大変でしょうし,容易に家を空けられないだろうことは予想に難くありませんでした。そして番組の最後に,国はさらに公費負担を減らす政策を推し進めていると伝えていました。

これは日本社会の縮図の一つです。 そしてこの福祉が医療と密接な関係にあるのは皆様もお分かりでしょう。介護の必要な患者さまは以前病院に居た可能性が高いからです。一人では生きてゆけない高齢者や障害者の問題は,高齢化が進む先進国ならどこでも抱える大きな問題です。財政赤字の多い日本では,今後も公費はますます削減され,自己負担が増加し続けるというのは避けられそうにもありません。医療も同じでどんどん自己負担が増加しています。そして政府から拠出される資金の比率は減少し続けます。来年度の診療報酬もほぼ横ばいのようですから,なかなか職員の給料は増えませんし,忙しくても人員を増やすことも出来ません。激務を強いられている多くの医療スタッフの待遇改善など望むべくもありません。これに反して国民や社会の医療に対するニーズは高まる一方で,さらに病気になりやすい高齢者の増加などにより病院はますます忙しく,そして報酬は少なくなるという,上記の在宅介護サービスと同様の危機に瀕しています。
私が働いていたシカゴのノースウェスタン大学病院では看護師の時間あたりの給料は日本の倍以上です。そして労働時間は3分の2です。アメリカでは週の労働時間が36〜40時間ですので,私がいた血液腫瘍内科病棟ではナースが12時間シフトで週3日だけ病院で働いていました。残りの週4日は休みです。若い看護師など買いたいものが沢山ある人は自発的に余分に働いて収入を増やしていました。しかし,休暇はきっちりと取っていました。アメリカは医療資源が豊富なので,病院の収支も日本より余裕があり,看護師さんたちが学位や資格を取るための学費を,病院が毎年3千ドル負担してくれました。また,学校へフルタイムで通う看護師は正式には週36時間労働なのに,半分の18時間行くだけで(日本ではパートタイマー扱いになる)同じ費用を負担してくれます。労働環境も良く,需要も豊富,安定した職業として看護師はアメリカでは人気の高い職種です。しばしば家庭を持っている母親が子供に手がかからなくなったあとに看護学校へ入学し看護師となり,経済的に自立することも多いです。そのため看護学校は入学のための倍率が高く入学試験には順番待ちリストがあるほどです。看護師以外の職種も同様です。日本とは雲泥の差があります。

私は亀田総合病院で働く皆様をみて日本人はなんと礼儀正しく,身の処し方が美しいことかと感銘を受けます。 いつも患者さまのみならず同僚にも優しく, しかも正確に素早く仕事をこなしています。日本人の職業倫理の高さと自己犠牲の精神はアメリカで自慢できる日本人の特色の一つでした。 しかし日本人のそれにも限界があります。きつい環境は長くは続けられないのです。事実疲れ切った医師と看護師を中心とした医療従事者が病院をやめ,地域では閉鎖される病院があとを絶ちません。
これを解決するには何はともあれ医療と福祉に拠出される公的資金を増やす必要があるのは自明の理です。そして医療従事者の労働環境を改善し,職員数を増やすことができれば,余裕ができてミスは減少し,医療のレベルは上昇,患者サービスも行き届くはずです。国民総生産や国民所得は,国民一人当たりの額で計算すると日本とアメリカは数十パーセントの違いしかありません。しかし医療と福祉の国家予算は公表されているだけで約2.5倍の差があり,もちろんアメリカがリードしています。 ではアメリカで医療と福祉に使われているお金はいったい日本ではどこにいってしまうのでしょうか? これらを明らかにし,富の正しい再分配をしなければ日本の医療に明日はありません。アメリカの医療レベルが高いのは潤沢な資金により病院で働く従業員が多く,一人一人の仕事量が減るために余裕があり,きめ細かなシステムとそれを監視するシステムと職員教育システムが構築されているのが要因の一つです。同様に医師も沢山おり日本とは比較にならないほど様々な分野に関する専門家が存在します。 そのため一人がカバーする範囲が狭くなり, 奥深い知識を持つことが可能になるのです。看護師もしかりで私のいたノースウェスタン大学病院の血液腫瘍内科病棟では,看護師さん一人の受け持ち患者数は日中3〜5人,夜間は4〜6人で,濃厚な看護と医療が施されていました。日本の病院では看護師一人が受け持つ患者数はこの2〜4倍です。これでは全てが手薄になり危険も増えます。 看護師数を増加させるための取り組みが行われていますが,まずはじめにこの待遇を改善しないことには増えるわけはありません。
そしてきつい職場だけに離職者も多く,家庭を持つ方々には戻りにくい職場になっています。アメリカでは事務系職員も多く,医師数の10倍存在します。これに比べて日本の医療の実態は恥ずかしい限りです。それでも日本の医療が世界最高レベルなのは,アメリカに比べると遙かに数少ない医療従事者が,高い職業倫理と犠牲の精神をもって医療に当たっているからです。私と同様アメリカで医療経験のある当院総合診療・感染症科部長の岩田先生も「アメリカは制度で支えて日本は人で支えるシステム」と語っていました。そのとおりだと思います。現在の国の政策は医療スタッフを疲弊させ,しまいには医療を壊滅させるでしょう。医療が崩壊したら最終的に困るのは国民です。

高級官僚の汚職と大企業や特殊法人への天下りにより受け取る多額の給料や退職金,採算無視で公費運営される特殊法人の無駄遣い,年度末に繰り返される必要かどうか不明の道路工事などの公共事業,その他税金には沢山の無駄遣いがあります。日本の公共事業費は先進国中最多で,医療費は最低レベルです。残念なことに国民にはその詳細はあまり知らされていません。 時折明らかにされても次々にでる新たなニュースのため人々の目はすぐに違う方向に向けられ,国民の生命に関わる重大な懸案が人々の記憶から薄れます。国民の生活を守るはずの政府が作った世界最高レベルと言われる千兆円にも上る累積した財政赤字は誰に責任があるのでしょうか? 以前は「赤字国債を発行して補正予算を組み公共事業をやる」というのは日常茶飯事でそれにより潤った人々も多いので,政府のみに責任がある訳ではありません。しかし,多額の赤字を作っておいて,それでも未だに無駄遣いを続け,しかも医療など大事なところに費やすお金は削減するというのは異常です。

日本を離れてみると,日本がいかに世界の常識からすると異常な国かがわかります。そしてそれを正すにはどうしたらよいかがわかっても,実行が困難です。日本国民は平和ぼけし,真実をみる眼が曇らされていると私には映ります。
大山  優:亀田メディカルセンター腫瘍内科部長。
米国で10年以上医療に従事し,腫瘍内科と血液,骨髄移植が専門領域。
毎週月曜日,水曜日,木曜日の午前中が外来診察日です。
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