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第6回  〜日本の医療が抱える問題点@〜

さて,私が日本に帰ってから早いもので1年が過ぎました。そして日本の医療と社会について様々な問題がある事に気がつきました。今回からそのいくつかについて皆さまと考えていきたいと思います。

世界には様々な問題があり,日本にも様々な問題があります。年金問題,政治不信,格差社会,教育問題,道徳の乱れ,その他マスコミを賑わす問題は沢山あり,医療と福祉の問題もその一つです。人々が幸せに生きてゆくためには何をすべきなのか,問題解決の優先順位は各人様々で,そこにかける費用にも優先順位があると思います。私は医師ですので,医療における問題は毎日目にします。そしてアメリカで医療をしていたときのことと比較すると,経済大国でありながら日本とアメリカでは大きく異なることを痛切に感じ,どのようにしたら良いかを考えます。表面的な違いに目を奪われがちですが,なぜそのようになっているかを考え是正していくことが大事です。

始めに表面的な問題について述べます。まずアメリカで使用可能な薬が日本では使用できないことが多々あります。その中にはアメリカでは承認されているけれど,日本では未承認という薬物もあれば,既に日本にあるのにも関わらず,その病気には保険適応されていないため使用不可能なものまであります。人口の5%が東洋人であるアメリカで試され,承認されている薬は,日本に入ってくる前に再び日本で臨床試験をしてから承認されなくては使用できないのです。薬によってどれくらい遅れるかは様々ですが,少なくとも2〜3年は遅れます。これだけ情報が発達して,患者さまが自ら調べることが可能になった現代では,患者さまも日本政府の遅さに苛立つことでしょう。同じ東洋人でも食生活や習慣,環境が異なる日本とアメリカではもしかしたら副作用等に違いがあるかもしれないので,日本で独自に試験を繰り返すのは必ずしも悪いことではないかもしれません。しかし,ハワイ州など東洋人が人口の約50%を占める地域でも,アメリカ人と同様に使用して副作用などに大きな差が出るという報告がないのをみると,あまり必要ないのかも知れません。アジアでは日本よりも承認のスピードが早い国々もあります。

さて,私がこれよりももっと困っているのは日本に既に存在する薬物で,ある疾患に有効とわかっていても,日本では保険適応になっていないため実際の臨床の現場で使用できないケースです(※1)。これらの薬は海外の様々な論文で,それぞれのがんへの有効性が確かめられています。アメリカでは保険の種類によって違いはありますが,必要があれば使用できることの方が多いのです(※2)。

また,患者さまの窓口での自己負担金も,アメリカに比べると大きな差があります。アメリカでは一般的に自己負担は日本の数分の一です。差額ベッド代もありません。しかし保険に加入していないと医療費は日本の約10倍ですから,自分で支払える額ではありません。そのため保険がない人は無料で診療してくれる公立病院などの慈善病院へ行かなければなりません。日本には残念ながらこのような無償の病院は私の知る限りありません。
薬の他にも違いは沢山あります。例えばアメリカには在宅医療や地域連携が昔から発達しており,病院で施行可能な治療の約半分くらいが自宅でも受けられます。もちろん患者さま毎に様々な保険をもつアメリカでは,できる医療とできない医療が保険毎に異なるので一様に可能という訳ではありません。しかし例えば在宅での点滴,中心静脈栄養,点滴の麻薬管理,人工呼吸,透析,リハビリなどは当たり前で,多くの保険で抗がん剤治療や輸血まで可能です。訪問看護師による採血で血液検査も可能です。医師はそれらのデータと訪問した看護師からの報告をもとに(実際に診療せずに)医療を行うことが可能です。

これを実現させているのが専門的なトレーニングをうけた看護師と医療制度です。日本では入院していなければならない状態でも,アメリカなら患者さまは自分の家で過ごすことが可能なのです。私は毎日入院患者さまを診療しながら「ああ,アメリカならこの患者さまは自宅で過ごすことができるのに…」とよく思います。しかし当院ではそのような日本の実情の中でも,先進的に在宅医療に力を入れている病院です。そして,家に帰ることが可能な患者さまはできるだけ在宅で,となっています。しかし驚いたことに,私たちが「家に帰って治療を継続しましょう」と患者さまに提案すると,中には「病院は退院してもらいたいのかな?」「退院するのは不安だな」と思う患者さまも少なからずいらっしゃいます。こういった患者さまの反応はアメリカではあまり経験しませんでした。アメリカでは医学的に必要でない限り入院はなく,「不安だから入院していたい」というのはありえないのです。その理由は保険会社が医学的な入院の必要,不必要を患者ごとに日々査定しているためです。そして彼らが入院の必要がないと判断すれば保険料が支払われないので患者さまは退院するしかありません。もしどうしても入院していたい場合は自費となり1日約20万円くらいの請求書が患者さまのもとに届きます。日本には病院にいたい患者さまに「明日から保険が切れるので全て自費になります」と言ってのけることができる病院はあまりないでしょう。しかし,医学的に必要がないのに入院を続けたら,後から入院しなければならない患者さまが入院できなかったり,その他医療資源を無駄遣いしている訳ですから,将来的にはあり得るかもしれません。

当院でもそうですが,日本はご高齢の方が入院して病気が治っても,「家では必要な介護ができないので家に引き取ることができない」という患者さまのご家族が沢山いらっしゃいます。これは日中働かなければいけないので高齢者や障害者の介護はできないためと私は理解しています。ご家族も働かなくては生きてゆけないのでよく理解できるところですが,そのために日本では病院がケア付き老人ホームと化しています。アメリカではこのような場合SNF(スニッフ)(skilled nursing facility:点滴,リハビリ,カテーテル管理などをふくめた高齢者や障害者に必要な軽度の医療が可能な施設)が無数にあり,病院で施行可能な医療が終了した患者さまはそれらの施設に移ります。SNFの中には人工呼吸器管理ができるところもあり,回復可能な患者さまは人工呼吸器からの離脱も可能です。残念ながら日本にはSNFのような施設はありませんし,医療以外のケアのみしてくださる施設も数が少ないのが現状です。このため行き場を失った高齢者や障害者の方々が病院に溜まることになるのです。入院していると費用もかさむのでご本人やご家族の経済的な負担も増加します。(つづく)
※1 乳がんに対するゲムシタビンやカルボプラチン、乳がんの補助療法に対するトラスツマブ、頭頸部がんと食道がんに対するパクリタキセル、ゲムシタビン、ビノレルビン、イリノテカン、肺がんに対するベバシズマブ、ペメトレキセッド、乳がん、リンパ腫などに対するリポゾーマルドキソルビシン、膀胱がんに対するゲムシタビン、パクリタキセル、ドセタキセル、前立腺がんに対するドセタキセル、神経膠芽腫に対するイリノテカン、ベバシズマブ、軟部肉腫に対するドセタキセル、ゲムシタビン、ビノレルビンなどです。
※2 日本の画一的な保険制度と異なり、アメリカの健康保険は会社、個人により様々です。国で負担するメディケア、メディケイドという保険は高齢者、障害者、低所得者のみが加入しており、それ以外の労働力人口は、仕事を持っている人ならば会社単位で私的な保険に入っています。同じ職場の保険でも、掛け金やプランの違いにより、保険適応になる検査や治療、診察してもらえる病院や医師まで異なります。
大山  優:亀田メディカルセンター腫瘍内科部長。
米国で10年以上医療に従事し,腫瘍内科と血液,骨髄移植が専門領域。
毎週月曜日,水曜日,木曜日の午前中が外来診察日です。
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