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第4回 〜標準的治療(standard of care)とは@〜

標準的治療という言葉をご存知ですか? この言葉は私が医者になった16年前はほとんど聞くことのない言葉でした。この言葉は英語の "standard ofcare" を日本語訳したものです。ここでいう "標準的" という言葉の意味は何かと首を傾げる方もいるのではないでしょうか?
"標準" を広辞苑で調べると,比較の基準,あるべきかたち,手本,一番普通のあり方と説明されています。英語のStandardという言葉の意味も日本語の標準と合致します。この標準的治療とは現存する治療で最も効果的と証明された,あるいは妥当と考えられている治療法という意味です。アメリカでは以前からこの概念が一般的に医療や学会の中で使用されてきました。これに関して今回は少し掘り下げてご説明したいと思います。なぜなら医療を施したり,または受けたりするのに重要な知識と概念だからです。

さて,現存する治療で最も効果的と証明された治療とはなんでしょうか? これが決定されるまでには多くの医学的研究が必要です。たとえばある抗がん剤の新薬が開発され,さらにそれが標準的治療となる過程では,以下の実験が行われます。

@研究者がある薬の有効性を思いつきそれを合成する, または既にある物質を化学的に変化して薬物にする。
A試験管でいろいろな種類のがん細胞に作用させて効果をみる。
B効果がありそうなら,次は動物に投与して動物への安全性を確かめる。
C続いて人間のがん細胞を植え込んだ動物に投与して効果をみる。

これらの過程をくぐり抜けてきた薬物は政府機関に申請し,人体への治療実験の許可を得ます。そこでは薬物の安全で安定した製造過程, 動物での有効性と安全性を示唆する今までのデータと理論的根拠を証明できなくてはなりません。そしてようやく人体への治療実験の許可がでたら,次は臨床第一相試験という人体への毒性(安全性)を確かめる試験をします。
通常これには現存する治療に抵抗性になってしまった様々な種類のがんの患者さまを対象にします。効果は不明ですが,新薬を他に治療のすべのない患者さまに試すので希望も持てますし,倫理的に正しい人体への治療実験です。
その試験で安全性が証明されますと,次に臨床第二相試験という,特定のがんにどのくらい有効かを試す試験をします。これにて納得のいく有効性が証明されますと新薬として承認されます。そして次に既存の治療法と比べる,臨床第三相試験が施行されます。これはその薬が標準的治療となるための最終段階の臨床試験です。

この臨床試験はランダム化試験という手法を用いて患者さまを2群(ときにそれ以上)に分け,1群は今まで最良と考えられていた薬で治療し,もう1群には新しい薬で治療をします。そしてどちらの治療がより有効であったか検討するのです。このランダム化試験のミソは,患者さまも医師も自分では治療を選択できないようになっていることです。なぜなら患者さまや医師が好みで選ぶと,そこにバイアス(偏り)が入り科学的に正確なデータになりにくく,有効性が的確に示せないからです。
このランダム化試験はアメリカでは以前から一般的でしたが,日本では近年まであまり行われてきませんでした。自分たちの医学的常識や勘に頼らずに治療を振り分けるのは医者も患者さまも抵抗があったのでしょうか? 我々は今まで身につけた知識と技術をもって医療にあたります。しかしそれが必ずしも常に正しいと限らないのは医者ならだれでも理解しているでしょうし,皆様も何となく理解できるのではないでしょうか。前回書いたように,ベテラン医師でもいままで見たことがないような症例は常に経験しますし,知らないことも多いのです。我々が良かれと信じて施行していた治療が,実はそれほど有効でなかったということはよくあります。そのため様々なバイアスを取り除いて純粋に比較試験をすることは医学の世界では極めて重要です。

話が飛びましたが,上記のランダム化試験で優位性を証明されると,今度はその治療が晴れて現存する最良の治療である標準的治療の一つとなるのです。がんには様々な種類がありますし,また進行度にも差があり,しかも同じがんで同じ進行度でもそれ以外の細かい要因を含めると無数に異なる病態が存在します。これらの全てにこのランダム化試験を施行するのは物理的に不可能ですので,そのように純粋に科学的に証明された標準的治療が存在しない病態も数多くあります。その上新たな薬も次々に出てくるので,常に新しい臨床試験を施行する必要があり,そして優位性が証明されればその都度標準的治療が変わります。
これらの知識に我々は常に追いついていなければなりません。論文の掲載されている医学雑誌を読み,最新の知見が発表される学会に足繁く通い知識の吸収に努めています。しかし忙しい診療の合間にやるので楽ではありません。その上第一線で働く我々は自ら研究し,データをまとめ論文を発表するようにも求められています。
この標準的治療はなにもがん医療に限ったことではなく,医療の全ての領域に通じます。新しい知識は絶え間なく発生し,私たちは常にそれらをup-to-dateで持ち続けなくてはなりません。

次回はシカゴで行われたASCO(American Societyof Clinical Oncology)ミーティングのレポートを兼ね,アメリカの医師たちがいかに最新の情報にup-to-dateでいるかをご紹介したいと思います。
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